第三章、ヴィエンチャンの夜は熱かった

 

              1.ビアラオ・ウイズ・N
 午後にまどろむなんてことは日本では絶対にあり得ない僕だが、上半身裸でベッドに寝ていたからエアコンの寒さに目が覚め、時計を見ると4時過ぎだった。 
 ベランダに干しておいた洗濯物は既に乾いており、それを取り入れてからシャワーを浴びて出て来たらN君も起きていた。
 『早いけどブラブラと散歩しながら食事に出かけますか。 その前にネットカフェにでも寄りましょうよ』と彼が言うので、僕達はまだ日差しの強いヴィエンチャンの街に再び出て行った。
 セタティラート通り(Setthathilat Rd.)に出て、北側に渡るとInternetとドアに書かれている小さなネットカフェがあったので入って行った。
 受付のようなところでは、ラオス人の青年と女性がインターネット電話を試みている最中だった。 奥にはガラス張りのパソコンルームがあって、ズラッと横一列に10台ほどのパソコンが設置され、半分ほどを欧米人や現地人が使用中であった。
 『ジャパニーズ、Ok?』と聞くと、青年はニッコリ微笑んで頷いたので、僕は自分のホームページの掲示板に書き込もうと思って開いたが、日本語変換は出来なかった。 僕の使い方が悪いのか、何か変換ソフトが必要なのかも知れないが、やむなく下手な英語で、『順調に旅をはじめてラオスの首都・ヴィエンチャンにいますよーん』という意味のことを書き込んで、N君と一緒にネットカフェを出た。
 ストリートにはバイクやトゥクトゥク、時々乗用車も走っているが、交通量は首都とは思えないほど少ない。 これだと信号や横断歩道の必要性がないと思った。 時々現地の人が歩いているのとすれ違うが、ややはにかんだように微笑む程度で、ベトナムのハノイを歩いた時のようにあちこちから声がかかることはない。
 僕達は最も南の通りに出て、メコン川を眺めながら土手を西の方に歩いて行った。 ガイドブックに寄れば、ここから土手沿いを少し歩くと、メコンに沈む夕日を見ながら食事ができる野外レストランが何軒かあるとのことである。
 日本での日頃の行いが良いおかげで、今日は雲一つない晴天だ。
 夕暮れのメコン川を眺めながら、僕はヴィエンチャンの街を今日知り合ったばかりの日本人青年とのんびり歩いている。 街並みはバンコクやハノイとは全く異なって、何度も言うようだが首都とは思えないほどのどかで落ち着いている。
 僕とN君は、しばらく何も言葉を交わさないまま歩き続けた。 土手から降りたところの河川敷では、野外レストランが数軒営業の準備を行っている。 夜には旅行者だけでなく、地元の人達もここでメコンを眺めながらビアラオを飲んで、一日の疲れを癒すのだろう。
 300メートル程歩いたところで土手が途切れ、ここから先は細い道が続いており、ガイドブックによれば現地の若者たちが立ち寄るレストランやカフェが多いとのことで、旅行者には少し危険な雰囲気がするとも書かれていた。
 しかし今日はN君と一緒だし、彼は大柄でいざという時はきっと頼りになるだろうから、僕達は気にもせずに奥のほうに入って行った。 それにガイドブックはちょっと当てにならない記事もあるしね。
 時刻は午後5時を少し過ぎた頃で、川沿いに並んでいるレストランはそろそろ営業をはじめているところもあり、僕達はちょっと小奇麗な野外レストランに入って行った。
 一番奥のメコン川がよく見えるテーブルに座ると、隣のテーブルには2人の欧米人男性がビアラオを飲んで、既に顔を真赤にしていた。
 僕達は再びビアラオを2本と、英語で書かれたメニューを見ながら、N君はシーフードライスとサラダ、僕はフライドライス・ウイズ・ヴェジタブルを注文、さらにチキン何とかと書かれたものを、どんなものが出来上がるのか分からないが注文した。
 フライドライスは日本のチャーハンなのだが、野菜が多目に入っていて、それに味付けも随分と違うように感じられ、勿論ラオスの方が美味しく思った。 チキン料理は運ばれて来ると、日本にある手羽先のようなものなのだが、油分が殆どなくカサカサした食感で、味としてはもう一つだった。 しかしN君は美味しい美味しいと言って、もう一皿お代わりをしていた。
 N君といろいろな話をした。
 旅の動機や日本での仕事のこと。 付き合っているらしい彼女のことや結婚について等々。
 彼は33才で、大学は僕の後輩ということが後で分かったのだが、大学生活が大好きだったのか、7年間も在籍したらしい。 卒業後は上場企業の系列の機械メーカーに就職し、これまでほぼ順風満帆に送っており、忙しい仕事の中、年に2度程をバンコクやその周辺でノンビリ休暇を取って疲れを癒すらしいのだ。(逆に疲れて帰るときもあるらしいけど)
 彼が僕に、『Fさんはどんな仕事をしているのですか?』と聞いてきたので、僕はどうしようかと少し迷ったが、僕は嘘なんてこの年まで47回程しか吐いていないので(年に1回ということだね)、別に話したっていいと思ったから、『僕のことはペロ吉と呼んでよ。 何故そう呼んで欲しいかは言えないけど。 僕の仕事は探偵なんだよ。 別に怪しいものではないけどね』と言った。
 『ほんまですか? 探偵ってあの松田優作さんみたいなことをしてますのん?』と彼が細い目を丸くしながら興味深く聞くので、
 『いや、探偵物語の松田優作のような格好で、怪しげなバイクに乗って尾行なんかすれば、すぐに発覚してしまうよ。 それに僕のやっている仕事は、尾行はあまり行かなくて個人の身上調査や企業調査がメインなんだよ。』と説明した。
 『探偵さんってほんまにいるんですね。 そやけど何で探偵さんがバックパッカーなんかしやはりますのん?』と彼はコテコテの大阪弁で聞いてきた。
 『話せば長いけどね。 今流行りのネットで知り合った女性がバリバリのバックパッカーだったんだよ。 それでその女性から海外への個人旅行の話をいろいろ教えてもらったって訳なんだ。 去年は夏にベトナムの北部に初めての一人旅をしたんだけど、心無い友人知人は、それを単なるストーカー旅行と言うんだよ。 まあその女性がベトナム旅行中に、僕が滞在先を訪ねて行ったのだから、そう言われても仕方がないんだけどね』
 そのようなプライベートな話まで、N君と知り合ってその日の夕食の場で交わすなんて、きっとラオスという国の穏やかな雰囲気が僕をリラックスさせているのだと思うのだった。
 このように2人でビアラオを5本も空けて、いつの間にかメコン川に夕陽も沈んでしまい、僕達はヴィエンチャンの夜を楽しんだ。
 日本を出て2日目の夜に、ラオスの首都・ヴィエンチャンで、日本人の青年とビールを飲みながらあれこれ話をする。 周りには現地の若者や欧米人がビールを飲んで盛り上がっている。 天気も素晴らしい。 体調も良好だ。 これは順調な旅だと、僕は幸せな気分を感じた。


 2ビアラオ・ウイズ・N君 その2
 
 ビアラオを2人で5本も飲み、いい気持ちでレストランを出て、再びメコン川の土手を宿の方向に向かって歩き出した。
 夜はまだ8時半頃だから、土手沿いズラーッと並べられたテーブルでは、ヴィエンチャン市民がメコン川を眺めながら憩っていた。
 テーブルは近くの焼き鳥屋台やジュース屋台の客用に並べているもので、仕事のあとのリラックスタイムをメコンのほとりで過ごしているのだろう。 メコンの流れは暗闇で全く見えないが、川向こうの遥か遠くには、タイのシーチェンマイの街灯りが微かに見え、メコンを挟んで向こうとこちらでは異なった国民の暮らしが営まれていることに、島国で育った僕は少し不思議な気持ちになるのだった。
 メコンは雄大に流れており、それは人々の暮らしの中に、隅々まで流れ込んでいるような気がした。
 土手から降りたところの綺麗に舗装されたファーグム通り(Fa Ngum St)では、けたたましい音を鳴らしてバイクを走らせる若者が目立つ。
 バイクといっても日本でいうカブのようなものであるが、後ろに女性を乗せている若者も多く、得意顔で走っている。 考えてみれば今日は土曜日だった。 皆週末なので破目をはずしているのだ。
 【若者はヴィエンチャンでも日本でも同じなんだなぁ】と、僕は少し酔った気分で、微笑ましく思うのであった。
 僕とN君は散歩をするように土手を歩き、1件の屋台ジュース屋に目が留まった。 何故ならそのジュース屋は、とても綺麗なレディーが、氷の入ったガラスケースに入っている果物をその場でジューサーで絞ってくれるからだった。 
 絞りたてのジュースが魅力だからか、その女性が綺麗だったから目に留まったのかは、説明するまでもないが、僕達はマンゴーのような果物を指差してシェイクしてもらい、土手のテーブルで南側にメコンの静かな宵闇、北側にファーグム通りを行き交う人々を眺めながらのんびりとした。
 メコンの向こうに日が沈むと、ヴィエンチャンの街はかなり凌ぎやすい気温に下がっていたようだ。
 ふと見ると、隣のテーブルには2人の可愛いラオス女性が涼んでいる。
 僕の話には綺麗な女性や可愛い女性が度々登場するが、これは作り話でも何でもなく、本当にそうなんだから仕方がない。
 僕はN君に、『ほら、隣の2人。 現地の女性に違いないね。 ちょっと声をかけてみようか』と早速提案した。
 『僕はそんな勇気はありませんよ。 ペロ吉さんが声をかけてください。 僕見てますわ』とN君は僕のような中年男に任せるというのだ。
 さてと機会を窺って隣をチラチラ見ていると、バイクに乗って3人の男性が現れ、彼女達のテーブルに近づき、なにやらラオス語で親しげに話し始めた。
 『なーんだ、彼氏が来たよ。 仕方がないね』と残念そうに言うと、N君はニヤニヤしながら僕の顔を見ていた。
 しばらくして15才位の少年に手を引かれた盲目の老婆が、土手をゆっくり歩いて来た。 並んでいるテーブルの人々は、その老婆が近づいて来ると、少年が手に持っている器に幾ばくかの紙幣を入れている。 
 ラオスでもタイでもそうだが、このような身体障害のある物乞いには、皆嫌な顔を一つせずにお金を恵んでいる光景を目にする。 難しい理屈などを並べる必要もなく、恵まれている者が恵まれない者に少しでも手を差し伸べることが、素朴な人間の姿なのだと思った。
 隣の男女5人も老婆達が来た時には、それぞれが紙幣を恵み、厳つい顔をした日本で言う“族のカシラ”っぽい男性も、ポケットに手を突っ込んでくしゃくしゃの紙幣を取り出し、少年の器にそれを入れて胸の前で手を合わせるのであった。
 その光景を見ていて、僕はちょっとしたカルチャーショックに似たものを感じた。
 ラオスは社会主義国だが仏教国でもある。 ラオスの歴史については、今回の旅の前に少しだけかじる程度に書物などを読んだだけである。 しかし浅い知識の中でも、ラオスはこれまで波乱の歴史を潜り抜け、近年でもフランスのインドシナ支配からベトナム戦争の影響を大きく受け、現在のラオス人民民主共和国に至るまでには、多くの国民の犠牲が刻まれていることは知っている。
 そのような歴史的背景を、この国の人々は勿論理解しているのに違いなく、その犠牲者が兵士であるなしにかかわらず、このような身障者に対しても敬意を表しているような気がするのだ。
 その老婆と少年が僕達のテーブルの横を通り過ぎようとした。
 少年は僕達が旅行者だと思って遠慮したのかもしれなかった。 僕はポケットから1000キープ紙幣を1枚掴んで、それを少年の持つ器にそっと入れた。 N君も少し遅れながらもそれに続いた。 少年は少しはにかんだ顔をして、何か小さく言葉を言って老婆とともに通り過ぎて行った。
 その様子を眺めていたのか、隣の男女5人のテーブルから厳つい男性がジュースのグラスを顔の辺りに持っていって、なにやら言葉を言いながら笑いかけるので、僕もなんだか分からないまま、グラスを少し上に掲げて、『コンバンワ』と日本語で言った。
 そんな風にしてヴィエンチャンの初日は終って行った。
 10時を過ぎたので宿に帰って寝ることにした。 今日は慌しい一日だったがいろいろと経験もした。
 宿の帰り道でN君が、『ペロ吉さん、僕ちょっと飲みたりないので、少しだけ寄って帰りますわ。 先に帰ってくれてエエデスよ』と言うので、僕は飲もうと思えばまだ飲めるが、今日は少し疲れたので、『じゃ、あまり遅くまで飲み過ぎないようにね』と言って先に帰った。
 ファーグム通りはこの時間でもまだまだ活気に溢れていた。



 2.ビアラオ・ウイズ・日本人バックパッカ-達・その1
 N君と別れて先に宿に戻り、シャワーを浴びた。
 ここのGHはなかなか綺麗な方で、ベッドのシーツは清潔だし、シャワー室もトイレと同じルームだが、一応シャワーを浴びるところと便器とはナイロンカーテンで仕切られており、一人6ドルだけの価値はあるものだと思った。
 エアコンの心地よい涼しい風に満足しながら、TVのスイッチを入れたが、どのチャンネルを回しても日本の番組は放送されていなかった。(当たり前だけど)
 タイ語や英語放送だけど、画面を見ているだけでそこそこ分かるような気がしたが、疲れていたので知らないうちにウトウトとしてしまった。
 どれくらい時間が経ったのだろう、ガチャガチャドン!という音に目が覚めると、随分と気持ち良さそうな顔をしたN君が帰って来たところだった。
 『おかえり、満足した?』と僕が聞くと、『ビアラオはほんまに美味しいビールですねぇ。 飲みやすいしいくらでも飲めますわ。 ちょっと酔っ払ってますねん』と彼は少し赤ら顔で嬉しそうに言った。
 『そうだね、アサヒスーパードライの喉越しに似てるような気がする。 これだけ暑いとビールが美味しいね。 ところで明日もあちこち回るよ、N君。 だからもう寝よう』と言うと、彼は、
 『ペロ吉さんは元気ですねぇ。 明日も暑いのとちゃいますか。 ちょっとだけにしときませんか? どことどこを回るつもりですか?』
 とあまり気がすすまない様子だったが、せっかく来たのだから名所だけでも回っておこうと説得して、夜も更けたのでようやく寝ることとした。
 N君はとても素朴で性格の良さそうな青年なので、シェアしたパートナーにも恵まれ、安心して眠りにつくことが出来た。
 
 体の痒さに夜中何度も目が覚めた。 肝臓が悪いからかなと思ったが、実は小さな蟻がベッドに勝手に上がってきて、僕の上品な体を噛んでいたのだった。
 何度も蟻に起こされては寝るということを繰り返して、ついに6時半頃に目が覚めたらもう寝られなくなった。
 N君は隣のベッドで、少し口元を開いて気持ち良さそうに寝ている。 僕は簡単にシャワーを浴びて髭を剃り、ショートパンツとシャツを引っ掛けて早朝のメコン川を見るために出かけた。
 日曜日ということもあってGHからメコン川が見える通りまでの道には誰も歩いていなかった。 しかしファーグム通りに出ると、朝食の客のために準備を始めているレストランもあり、通りもバイクが数台走っていた。
 僕は昨日通った土手をメコンの静かな川面を見ながら歩いた。 今日も天気は快晴だ。 やはり日本での日頃の行いの良さが、このような旅の好天となって返ってくるのだと自分にいいように解釈をした。
 昨夜土手に並べられていたテーブルはそのままだったので、一つのテーブルにカメラを置いてピントを測り、メコンを背にした写真をセルフタイマーで写した。 僕はセルフタイマーでよく自分の写真を撮るのだが、ある友人は『それってちょっとおかしいよ』と指摘する。 何がおかしいのか分からないが、僕をナルシストだと思っているのかもしれない。
 土手を少し歩いて通りに降り、散歩がてらに近くにあるワットをちょっと見物して行くことにした。
 しかし天気がすごく良くてすがすがしい朝だ。 日本でもこんな気持ちの良い朝を迎えた記憶がないくらいに感じられる。 
 ラオスは今はまだ雨季に入る手前で、乾季を経て暑季らしいのだが、湿度はそんなに高くないように感じられ、確かに暑いのはものすごく暑いが、不快という体感はなかった。
 
 ファーグム通を西に少し歩くと、角にインターホテルというかなり古そうなゲストハウスがあり、その前に(東側)ワット・チャンという、これまたかなり古そうな寺院が建っていた。(寺院が古いのは自然かもしれないが)
 ここではサウナもあると聞くのだが、広い敷地に沿って北に歩き、セタティラート通りに出て東に少し戻ると、右側にワット・オントゥが所在する。 この寺院はかなり敷地が広大で、経堂の前ではオレンジ色の袈裟を着た僧侶がラジオ体操をしていた。(ラジオ体操をしているように見えた。 通りから見ただけだからよく分からなかった)
 ヴィエンチャン市内にはこのような寺院はたくさんあるようだが、どれもこれも大小の違いはあるものの、同じような印象を受けた。 ただ昨日訪れたタートルアンだけは、ちょっと別格の気がした。
 さらに東にトボトボと歩くとワット・ミーサイという小規模なお寺があり、昨日覗いたネットカフェの前を通って少し行くと左側がナンプ広場である。 
 ○○の歩き方によれば、〔町歩きの中心となる噴水があり、外国人が集まるホテルやレストランが集中している〕とあるが、噴水は水が出ていなかったし、確かにスカンジナビア・ベーカリーなどの洋風カフェは何軒かはあったが、中心といえるほど賑やかな所ではない。
 僕は広場を北に歩き、お腹がすいたのでサムセンタイ通りにかかる手前にあるナンプ・カフェに入って行った。 この時刻では営業を始めているカフェやレストランはまだ少なかった。
 僕は勿論フランスパンのサンドイッチを注文し、飲み物は待望のカフェ・ラーオにした。
 サンドイッチのトッピングは適当にしたが、やはり程よくあぶるように焼かれていて、昨日と同じようにこんなに美味しいサンドイッチはないものだと思った。 これは大げさでも何でもなく、日本に帰ったら一度チャレンジしてみようと、このときは真剣に思ったくらいである。(思っただけで、帰国後作ろうとはしていないのは言うまでもない)
 さて、カフェ・ラーオであるが、予測した通りグラスに入れられて出てきて、底の方が1センチ程白くなっていた。 ご存知コンデンスミルク(練乳)であり、それを上部のコーヒーに混ぜ合わせるのは個人の好みということだ。
 僕は先ず混ぜずにコーヒーだけを飲んでみたが、既に砂糖が入っていてかなり甘く感じた。
 やはりここはラオスだからじっくり味わう必要があると思い、さらに底に死ぬ程入っているコンデンスミルクをかき混ぜて飲んでみたが、本当に死にそうになってしまった。
 瀕死の状態でお勘定を頼むと、両方で6500キープであった。(90円程)
 朝から甘ったるいコーヒーを飲んだので、ちょっとおかしな腹具合になったが、サンドイッチには満足して宿に帰った。
 部屋に戻るとN君がちょうど目が覚めたところで、僕は自分だけ朝食をすませてしまったことを言えなくて、『ちょっと早朝のメコン川を見てきたんだよ』と言った。
 ところがN君は当然、『シャワーを浴びますから、朝御飯に行きましょか。 僕ヌードルのようなものを食べたいんですわ。 それでもいいですか?』と聞いてきたので、僕は、『いいねぇ。 ベトナムのフォーのようなものがないかなぁ』とこわばった顔で言わざるをえなかったのだった。
 朝から2回食事をする破目になったのは、自分だけ先に食べてしまった自己中心的な行動に対する、メコンの神の罰のような気がしたのであった。【お腹が一杯なのにぃ】 


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