13.ヴィエンチャン散策 その2

 タートルアン寺院の若き僧達は本当に明るく屈託のない人柄で、片言英語で僕達と冗談を言ったり、いつまでも時間を忘れて話し込んでしまいそうなほどだった。

 顔や体躯が最も細い僧がとりわけ面白く、仲間の僧の素行などを揶揄して僕達に話し、それでいて自分が一番ケタケタとよく笑うのだ。R子さんも彼らの中に入って、興味深くいろいろと日常生活のことなどを聞いていた。

 ラオスは、一生に一度は出家するのが親孝行という南方上座仏教国なので、男子は学校を卒業後、彼らのように数年間出家して修行僧を務めるのだと言う。四人の中の一人は、早く修行を終えて歯科衛生士の勉強をしたいとも言っていた。

 楽しい話が続いたので、外で待っているトゥクトゥクの男性のことをすっかり忘れてしまっていたのに気づき、R子さんが写真を送るからと彼らの一人から住所を聞いて、名残り惜しかったけど別れた。

 外に出ると再び強烈な日差しが僕達を照らした。トゥクトゥクの男性は土産物売り場のおばちゃんと雑談としていたが、僕達の姿を見てトゥクトゥクをこちらに回してきた。

 次に行くのは薬草サウナだ。これはR子さんが最も楽しみにしていたようで、「薬草が肌にすごくいいようなのですよ。楽しみです」と言っていた。

 僕も前回行っていなかったので、話の種に一度覗いてみたいと思っていたのだった。トゥクトゥクは再び市内の中心部に戻って行き、タラート・サオを越えてから左折し、市街地から三、四キロメートルほど離れた所にあるワット・ソクパルアン(Wat Sokpaluang)に向った。

 薬草サウナは寺院の境内の中にあるという感じで、かなり古い木造の高床式建物の上に薬草サウナ室が二部屋あり、その前にはハーブ茶を振舞ってくれる休憩所のような場所が設けられており、さらにはマッサージコーナーまであった。システムとしては、建物の下で大きな釜で薬草を炊いて、その蒸気をすぐ上のサウナ室に充満させるという、至って簡単なものである。

 階段を上って行くと受付のおばちゃんがいて、「あそこの部屋で服を脱いで、この布を体に巻いてください。荷物はこちらに預ります」と案内してくれる。先客は数人いて、サウナ室から出た人は体に大きな布を巻いて汗だくになりながらも、お茶を飲みながらくつろいでいた。よく見ると三人の日本人がいて、一人は二十代、あとの二人は僕より年令が上のように見受けられたが、僕達に対し、「気持ちいいですよ。サウナに入って下の井戸で水をかぶって、それからハーブ茶をいただくのです。これを3回くらい繰り返せばリフレッシュしますよ。勿論女性は肌にすごく良いらしいです」嬉しそうに言うのだった。

 僕と彼女は交代に更衣室(といっても木戸を開けてオープンスペースを区切っているような簡素なもの)で服を脱ぎ、一メートル四方程度の布を体に巻きつけて大切な箇所を隠し、脱いだ衣類とミニバッグをおばちゃんに預けて早速サウナ室に入って行った。

 中は5,6人入ればギュウギュウの狭さで、室内は蒸気が充満していて、隣や前の人の顔も何も見えない。しかも僕はメガネをはずさなければならないから、全く視界ゼロである。

 【これじゃR子さんの綺麗な肌も何も見えないじゃないか】



 14.ヴィエンチャンの夜

 薬草サウナは期待以上に楽しかった。それはR子さんと混浴したという、僕の粗末な人生に於いて、歴史的な出来事があったからではない。いやそれもあるかもしれないが、ともかくそんな精神的なことよりも、薬草サウナが肉体的にとても快適だったからである。

 薬草が階下の釜で炊かれて、その蒸気が僕達のサウナ室に充満し、その熱気はすさまじく、たちまち汗か蒸気か分からない水滴が体中に溢れ、ともかく何がなんだかその科学的メカニズムは半分以上知る由もないが、筆舌に及ばないほど気持ちが良いのだ。

 僕達は7,8分サウナで汗を流してから外に出て、階段を降りて寺の井戸まで裸の上に布を纏っただけの格好で歩いて行き、ホースで頭から水をかぶり、再び帰って来て休憩所で熱いハーブ茶をいただくということを何度か繰り返した。

 サウナ室から外に出た時に急いでメガネをかけ、R子さんの綺麗な肌を鑑賞しようと思うのだが、いつも彼女は僕が外に出たらサウナ室に入っており、タイミングが難しいのだ。それでも何度か外で一緒にハーブ茶をいただいている間、体に纏った布から少しだけ覗いている肩辺りの肌は真っ白で、僕はよろけそうになってしまうのだった。

 何度目かにサウナ室に入ると、目の前に日本人と思われる男性がいて、「いやぁ、気持ちいいですねぇ」とどちらからともなく声をかけ、言葉を交わした。

 「ご一緒の方は彼女ですか?」と彼はいきなり僕に質問をしてきた。

 「い、い、いいえ、そんなのじゃないのですよ。昨日ノーン・カーイの駅でたまたま出会って、一緒させてもらっているのです。貴方は?」

 「僕は一人なのです。ワンヴィエンから昨日ヴィエンチャンに着いて、明日タイに入ろうと思っているのです」

 結局、もしよければ今夜食事をご一緒しましょうということになり、それをR子さんにも報告すると、彼女も多い方が楽しいですからと、大変喜んでいた様子だった。

 彼の名前は月君といって、決して月に生まれた訳ではないが珍しい姓である。

 石川県の生まれで、地元の美術工芸大学を卒業後、大手カメラメーカーに入社し、カメラのデザインを担当しているという。人懐っこい風貌は、相手に全然警戒心を与えない感じで、誰にでも好かれるのじゃないかと思えるほどの好青年だ。

 僕達は三人でハーブ茶を飲んでは雑談し、再びサウナに入るということを何度か繰り返し、心身ともにリフレッシュして薬草サウナをあとにした。トゥクトゥクの男性は気長に寺院前で待機してくれていて、本当に恐縮してしまう。

 僕達は一旦宿に戻り、月君とは僕達の宿の前で午後6時に待ち合わせをして、さあメコン川でも眺めながらヴィエンチャンでの夜を楽しもうと、三人で川の方向に歩いて行った。

 去年はヴィエンチャン二日目の夜に、何故だか大勢の日本人旅行者が集まってきて、最後にはメコン川の河川敷のレストランで、総勢11人でビアラオを飲みながら熱い夜を楽しんだのだった。

 僕は今年も河川敷に軒を並べているだろうレストランに入ろうと思っていたのだが、メコンの岸辺はすっかり変っていた。

 去年は幅二メートルほどの土手にテーブルがズラーと並べられ、夜になるとジュース屋台などが出て、その土手を河川敷に降りると数軒のレストランが並んでいたのだが、すっかりその辺りはコンクリートで固められていた。

 去年HさんやN君達をはじめ、大勢の日本人達で楽しんだヴィエンチャンの夜の思い出が、このコンクリート壁によって閉じ込められてしまったかのような、寂しい気持ちになった。

 「この辺りはずーっと土手で、ここから河川敷のレストランが賑わっているのが見えたのですけどね。すべてなくなっていますね。残念だなぁ」

 僕達はコンクリート壁が何処で切れるのか、川沿いをもう少し歩いてみることにした。


 15.三人の晩餐

 川沿いの通りを西方向に二百メートル程歩いてみたが、昨年土の堤防だった所はコンクリートの岸壁が続いており、情緒ある場所は全く見当たらなかった。もっともっと西に歩けば岸壁が途切れて、昨年と変らない土手になっているのかもしれないが、ちょうどその時パラパラと雨が降ってきたので、「もうこの辺りのレストランに入りましょうか」ということになった。

 何度か入ったことのある道路沿いの小さなレストランに僕達三人は入って行った。この店は昨年ヴィエンチャンに到着した日の昼に、N君が店の主人にガイドブックに載っているラオス料理の写真を指で示して、「この料理できますか?」といくつか聞いても、全く要領を得なかったレストランである。

 しかしメニューは結構豊富で、客の入りもいつもまあまあであるから、味は評判なのかも知れない。

 僕達はメニューを見て、春巻きやフライドライス、野菜と肉の炒め物、バーベキュー、カオニャオなどを注文し、ビアラオを二本頼んで乾杯をした。

 二人はあまりビールを飲まなかったが、それぞれ日本での仕事や日常などを話し、楽しい夜となった。月君はやはりサラリーマンなので、このような旅は年に二、三回と嘆き、R子さんも同様だが、やっぱり皆仕事を持っているとこれが精一杯の休暇なのだ。

 彼は髪の毛を茶色というか、ほぼ金髪に染めており、「月君の会社は超一流企業でしょ。そんな髪の毛で大丈夫なの?」と僕は不思議に思って聞いた。

 「僕の仕事はカメラのデザインなので、営業などと違って外部の人との接触もないですから、上司が大目に見てくれているのですよ。それにワールドカップも近いということもありますから」

 僕は何故ワールドカップが近いと月君が金髪にしなければならないかを、社会的背景や世界的規模で目まぐるしく考えたが、どうも納得の行く推測は浮かんでこなかった。

 「サッカー大好きなのですよ。ワールドカップ開催中はサポーター気分になりたいのです」

 【そういうことなのか】

 要するに、憧れの俳優やスポーツ選手などの髪型や服装を真似て、それに少しでも近づいたと満足する、あの感覚なのかな。いや違うか、サポーター気分だから、自分ができる範囲でワールドカップにエールを送っているということなのかも知れない。

 「ワールドカップが終われば色を落としますよ。あまりこんなことばかりしていると、髪が傷むのですけどね。ちょっと最近少なくなってきたし」

 月君の年令は忘れてしまったが、おそらく三十才前後だったか、或いは三十過ぎだったと思うが、そういえば少し前面が薄いと言えないこともない。僕はここは頭髪の苦労人として、やっぱりアドバイスをしておこうと思った。

 「月君、僕はね、この三年ほど発毛剤を使っているんだ。アメリカから輸入しているんだけど、これがよく効くんだよ。もし使っていなかったら、僕の頭髪は今頃綺麗サッパリ無くなっているだろうね」

 「えっ、そんなのあるのですか?リ○ップとかいうやつではないのですね」彼は意表をついた僕の言葉に少し驚きを表しながらも聞いてきた。

 「そのリ○ップの5倍の発毛成分が入っているんだ。アメリカでは証明されている」

 僕の話に月君は身を乗り出しそうにしながら興味深く聞いていたが、横ではR子さんが、ラオスに来て楽しい晩餐に、一体何の話題で盛り上がっているのだ、という風に呆れ顔だったので、その話はここで切り上げて再びビアラオを飲んで旅話に変えた。

 料理は大変美味しかったと僕は思ったが、三人ともお腹が一杯になり、カオニャオというラオス人の主食であるもち米を蒸して小さな篭に入ったものは、半分ほど残してしまった。

 三人がそれぞれお互いのメールアドレスと住所を交換した。

 お勘定は驚くほど安かった。いつもこの時はラオスにずっと暮らしたいと思うのだった。

 かなり強く降っている雨の舗道を僕達は濡れながら歩いた。

 僕達の宿の前で月君にお別れを言い、ヴィエンチャンの夜は終わった。

 明日は早朝からワンヴィエンにバスで向う。

 R子さんにお休みを言って部屋に戻り、楽しい旅に感謝をして眠った。

 このようにして旅の二日目は過ぎて行った。

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