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 10.サースイリー(Saysouly)GH

 バッテリーが破裂してしまったトゥクトゥクの男性は、苦虫を噛み潰したような顔をして、仲間のトゥクトゥクが通るのを待っていた。

 トゥクトゥクには仲間グループがあるらしいのだが、特に無線や携帯電話などを持っている訳ではない。ヴィエンチャン市内の市民の足は、やはりトゥクトゥクに依存している割合がまだまだ大きいのだろう。僕達が道路脇で立ち尽くしている間にも、トゥクトゥクは次から次へと通り過ぎて行くが、彼の仲間のトゥクトゥクはまだ通らないようだ。

 緊急連絡を取る方法がないし、偶然性に期待するしかないのに、本当に大丈夫なのかという心配には及ばす、僅か10分あまりで仲間のトゥクトゥクが走ってきて、「どうしたんだ?」というふうにその男性と話し始めた。

 ラオス語の会話なので何を言っているのか全く分からないが、ハットリさんのお連れの女性が彼等の会話に加わり、二人の話の内容をハットリさんに伝えている。

 結局、タラート・サオまでが150Bなので、そのうちの半分以上をバッテリー故障のトゥクトゥク男性に支払い、残りでここから先まで行ってもらうということで話がつき、僕達は再びトゥクトゥクに乗って出発した。

 アクシデントのあった場所からは10分あまりでヴィエンチャンの中心街に入り、間もなくタラート・サオが見えてきた。市場の横のトゥクトゥクの駐車場の辺りに着き、ハットリさんカップル宅はここからまだ十数分先とのことなので、僕達二人は降ろしてもらい、シェアした料金を支払おうとした。

 しかしハットリさんは、こちらがいくら強引にお金を手渡そうとしても、断固として受け取らないのだった。

 「何言うてまんねん。日本の人がヴィエンチャンに来たら、私にええカッコさせてくれたらよろしいのや。私もあんたらに会えて嬉しいのでっせ。気い遣いなはんな。これから先も楽しい旅を祈ってまっせ!」とハットリさんは関西弁丸出しの大声で言うのだ。【本当にいい人だ】

 僕とR子さんは、ハットリさんたちの乗ったトゥクトゥクが見えなくなるまで、何度も何度も手を振って別れを惜しんだのだが、本当に残念なことに、ハットリさんの本名と連絡先を聞くのを忘れてしまったのだった。

 僕は去年のラオス旅行でも、帰路の列車で、1等エアコン車で同室だった服部君に名刺をもらっておきながら、それをすぐに失くしてしまったことがあり、どうもハットリさんという名前には縁がないようだ。(しかしハットリさんとは、このあと偶然再会するのです。感動的でした。それはこの話の先を期待してください)

 ともかく僕達二人はタラート・サオからメコン川の方向に歩き出した。

 懐かしい建物や街並みが目に映った。帰ってきたぞ、一年ぶりのヴィエンチャン。

 ハットリさんが言っていたラオ・パリホテルの前を歩き、最初の角をメコン川の方向に左折すると、その向かいの角に例のカオピャックが美味しいという小さなレストランがあった。

 さらに進むと、去年は何もなくなっていたナンプ広場がすっかり新たになっていた。中央に大きな噴水があり、その周りを円形に、まだ木の香りが匂ってきそうなベンチが設置されており、市民たちがくつろいでいた。

 「R子さん、去年僕が世話になった宿でもいいですか?」

 「何処でも構いませんよ」                

 ということで、ナンプ広場から比較的近いサースイリー(Saysouly)GHに向かった。宿は外見が去年とちっとも変っていなかったが、中に入ると小さなロビーに大型テレビがドカーンと置かれていた。

 【儲けているんだなぁ】と思いながら、フロントで見覚えのあるあまり愛想の良くない女将さんに、「ファンのシングルが二部屋空いていませんか」と問いかけた。

 すぐに部屋を見せてもらうと、ダブルサイズのベッドで窓の位置もグッドな部屋が空いており、彼女は1階の6ドルの部屋を、僕は2階の7ドルの部屋に決め、「シャワーを浴びてから昼ご飯にしましょう」とそれぞれがザックを置いたのだった。

 ここまで順調な旅であることに、僕は部屋に入ってすぐに跪き、神と御先祖様と隣のミケと我が家のシロちゃんに祈ったのだった。


 11.カオピャック

 去年は二泊したサースイリーGHに今年も宿を取り、午前中だけで汗びっしょりになった体をシャワーで洗い流し、Tシャツに短パンというラフな服装に着替えて、階下に降りて行った。

 勿論、灼熱ラオスであるから昼間でもバンダナ(晩だなぁ)は欠かせない。(いや、昼間だからバンダナは欠かせないのだが)

 R子さんは僕を脅かそうと思ったのかどうか、つばの広いハイカラな帽子をかぶって出てきたのだが、それよりも短めのタンクトップからおへそが見えそうなので、僕はまたしても目のやり場に困惑してしまうのだった。

 僕は何だかまるで盆と正月がいっぺんに訪れてきたような気分になって、ヴィエンチャンの街中に飛び出すように出て行った。

 「ともかく昼食にしましょう。何が食べたいですか」

 「そうですね。先程の方が是非とおっしゃっていたカオピャとかいう讃岐うどんを食べてみたいです」

 カオピャは讃岐うどんではなく、讃岐うどんのように麺がシコシコしているということだが、彼女のリクエストに応えるのは簡単だった。僕は何しろヴィエンチャンは2度目の訪問なんだから。

 「じゃあハットリさんがお奨めと言っていた店に行きましょう」

 僕はその店の位置も当然知っていたので、胸を張って歩き始めた。

 ナンプ広場を北に上がり、最初の道路に当たる手前左側の小さなレストランだ。

 同店は4人掛けテーブルが8卓ほどの小さなスペースだが、ここはフランスパンサンドイッチも店先で軽く炙ってトッピングの野菜などを挟んで売っている。

 実は去年も一度朝食を食べに入り、念願のフランスパンサンドイッチと、グラスの底に1センチ以上もコンデンスミルクが入っている死ぬ程甘いラオコーヒーを注文して、本当に瀕死の状態になって宿に帰ったのを思い出す。

 テーブルに着くと人の良さそうな御主人がメニューを持ってきたが、それを見ることもなく、「カオピャックを2つ、それとビアラオ1本!」と大声で注文をした。

 ラオスに入ってビアラオを飲まないと話にならない。2つのグラスにナミナミとビアラオを注いで、「無事のラオス入国に乾杯!」と、渇いた喉にグビグビと冷たいビールを流し込んだのだった。

 しばらくして運ばれてきたカオピャックは、一見ベトナムのフォーだが、食べてみるとスープは鶏がらベースの薄味で、麺はハットリさんが言ったとおり米粉だけで作られているのではなくて、シコシコと本当にコシがあり、讃岐うどんというのも納得ができるものだった。

 二人とも殆ど無言のままこのカオピャックを一気に食べて、R子さんなんかはスープを最後の一滴まで飲み干すのだった。

 「美味しかったですねぇ」と彼女は心の底から嬉しそうな顔をして言った。

 女性は変に遠慮がちだったり気取ったりして、料理を残すのが奥ゆかしいとか可愛いとか勘違いしている人がいるようだが、彼女のように屈託なく美味しいものは美味しいと言って、気持ちよいくらいの食欲があるほうがずっと素敵に思う。

 まあ僕の好みの話をしても仕方がないが、2人で16,000Kip(160円、今回は10,000Kipが約100円のレートだった)を支払って店を出ると、すぐ前にトゥクトゥクが客待ちをしていた。

 僕は去年このヴィエンチャンに二泊しているから、この町での見所となるバトゥーサイやタートルアンなどは既に訪れていたのだが、R子さんに気を遣わせないために、「いやぁ、去年は国境で知り合った関西から来ていた男性とビアラオばかり飲んでいて、どこも訪れていないのですよ」と嘘をついていたのだった。

 人の良さそうなトゥクトゥクの男性に、「バトゥーサイからタートルアン、そして薬草サウナに行きたいけど、いくら?」と僕は問いかけた。

 空を見上げると雲ひとつなく、灼熱のヴィエンチャンだった。

 


 12.ヴィエンチャン散策 その1

 ヴィエンチャンの町で見所といえば、やはりタートルアン寺院とバトゥーサイ(アーヌワサリー)、それにワット・ホー・パケオではないだろうか。

 郊外に出れば、タイのノーン・カーイで今朝訪れたワット・ケークと同じ建造者が作った、怪しげな仏像が並んでいるワット・シェンクアン(ブッダパーク)や、民族博物館などもあるが、時間がなければ特に訪れるほどのことでもないと思う。

僕とR子さんはトゥクトゥクの値段の相場がちょっと分からなくて、ともかく3ヶ所回って、見物している間はずっと待機してもらう訳だから、「どれくらいなのかな?ガイドブックにはナンプ広場からタラートサオまで2000(20)kipと書かれているけど、その距離ってすぐそこだよ。やっぱり桁が違うくらいかかるのじゃないかな」などとヒソヒソ話をしたあと、僕が彼に30000kipずつでどうだと宣言するように言った。

 するとトゥクトゥクの男性は満面に笑みを浮かべて、「オーケー、さあ出発するよ」と僕達の気が変らないうちに行きたいような素振りなのだ。

 おそらく相場とは大きく違う金額を提案したのだろう。多分三ヶ所回って、時間的にも4時間足らずだから、一人20000kip程度のように思う。(ちょっと曖昧です)

 まあ僕はとても機嫌の良い状態だから、それが100ドルと言われてもその時は、「ハイ、オッケー」と脳天気に言っていたかも知れないのだ。

 

 さて好天の中というよりも炎天下の中、ハイラカ帽子のR子さんと、昼間なのにバンダナを巻いた(もういいって?)僕と二人は、先ずパリの凱旋門を意識した建造物であるバトゥーサイに向かった。

 トゥクトゥクトゥクトゥクと音を立てながら10分ほどで、コンクリートの塊がそびえ立っている下に着いた。途中気がついたことは、昨年同じ道を走ったことがあるが、信号が一つ増えていたことだ。それに道路を走る車やバイクの量が、やや増えたような気がした。やはりラオスも少しずつ経済が発展しているのだろうか。

 バトゥーサイの内部は全く去年から建築が進んでいる様子はなく、いまだに上まではコンクリートの階段をのぼって行くのだ。しかもそのコンクリート階段は研磨がかかっておらず、塗りこんで乾かしたままという感じなので、一段一段のぼって行くたびにコンクリートの小さな破片が落ちているような気がしてしまう。

 頂上からの景色は、昨年と同様に緑溢れたヴィエンチャン市内の様子が360度眺められ、なかなか素晴らしい街並みである。

 「ワー、とても綺麗ですねぇ」と、R子さんは何にでも反応して感嘆詞を発しており、明るく素直な性格でなかなかよろしい。

 僕達は写真を交代で撮ったあと、階下の土産物売り場を少し眺めてから降りて行った。

 次にはタートルアン寺院である。

 タートルアン寺院の若き修行僧たち・明るい!

 この寺院はバトゥーサイから約2キロメートルのところにあり、詳しい説明はガイドブックなどに載っているのでここでは簡単に述べるが、昔はこの場所にクメール様式の仏塔が建てられていたという由緒ある寺院で、ラオスで最も大切にされているらしい。旧暦12月には三日間、タートルアン祭というものが催され、ヴィエンチャン市民が大勢外壁の中の広場に集まり、読経を行うのである。

 この寺院は金の塔がそびえ立ち、周りの建造物も金色で、ただでさえ灼熱で汗びっしょりなのに、視覚的にも暑苦しく、近寄るのさえ躊躇してしまうくらいである。

 しかし僕は去年訪れていないことになっているので、「ワーすごい、キンキラキンだね」と驚いた素振りを見せたり、演技も怠ってはいない。

 内部を一周回った所で、若い修行僧が四人佇んでいて、僕達が近づくとなにやら話しかけてきた。

 日本語は分からないようだが、英語は結構話せて、4人の内一人がR子さんのことをとても綺麗な女性ですなどと、僕でも言うのをためらってしまう言葉をズバッと発するのである。

 R子さんも悪い気がする筈もなく、このあと一時間以上も修行僧四人と僕達二人は、笑いの絶えない会話を楽しむことになったのだ。【なんとまあ社交的で明るい坊さん達だ】

 

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