突撃!アンコールワットPart Z

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 15.アンコール・トム その2

 ピミアナカスの急な階段からなんとか降りて、王宮内を少し歩くと土産物屋と飲み物を売っている出店があり、早速少女が僕に近づいて竹製のブレスレットを勧めてきた。

 ナイロン袋に10個入って1ドルだという。

 僕は別に必要はないが、ここに来て変な生真面目を出しても仕方がないし、理屈抜きで買ってあげた。

 値切れば2000リエルくらいにはなったかも知れないが、僕にとっては50円、60円の世界だし、深く考えることはなく、気分よくその少女から購入した。

 出店でコーラを買って店の前のプラスティックの椅子に座って、ちょっと休憩することにした。

 すると今度は20才前後の女性が近づき、『フィルム、Tシャツ、ガイドブックは要らんかえ?』と言ってきた。

 『フィルムはたくさんあるから要らない。 Tシャツは欲しいが今日は荷物になるから要らない。 ガイドブックはなかなか興味があるが、今日は買わない。 もう一度このあたりに来る可能性があるから、その時君がいれば買う』と僕はきちんと説明しながら答えた。
 
 
王宮での土産物売りの女性(さて、僕は約束を守ったでしょうか?)
 

 しかし僕の英語がまずいのか、彼女の英語力が不足しているのか分からないが、僕の意思が彼女になかなかうまく伝わらない。

 結局、『明後日、もう一度ここに来る。 その時必ず何か買うから今日は勘弁して欲しい。 約束する。 僕は日本男児だ。 来ると言ったら必ず来るから、僕の顔を憶えて置いて欲しい』と言うと、彼女は納得してシーユーアゲインということになり、その後世間話をしたあと、その場をあとにしたのであった。

 彼女はちょうど20才で、仕事はこの場での観光客相手の土産物販売で、週に数日はシェムリアップ市内の英語学校に通っているとのことで、一応学生だった。 この時期は雨季なので、比較的観光客が少ない方で、特に今日は朝からぜんぜん売れないのだと笑いながら嘆いていた。

 さて王宮の塔門を出て、象のテラスやライ王のテラスと名付けられた、壁面彫刻が一面に施されただだっ広いテラスをしばらく歩いたが、日差しが猛烈に強くて、既に2時間程歩き詰めということもあってちょっと疲れた。 このテラスの彫刻はちょっと興味深いが、次回の訪問に期待することにした。

 テラスの階段を降りて、GHの長男さんが待機してくれている屋台レストランが並んでいるところに歩いて行くと、あちこちの店から、『メシは食わんかね? 飲み物は要らんか?』と声がかかる。
 
 
ちょっと休憩・GHの長男さんと

 時刻はちょうど昼頃だったし、長男さんが待機していた屋台レストランで食事をすることにした。

 僕はフライドライス・ウイズ・ヴェジタブル(要するに野菜入り焼き飯)とコーラを注文し、長男さんに何か食べませんか?と勧めたが、彼はお腹があまり空いていないらしく、パパイヤジュースだけを遠慮がちに注文した。

 歩き回ったために猛烈な食欲で一気に平らげ一息ついていると、道路の方から小柄で可愛い日本人女性が急ぎ足でこちらに向かって来るのが見えた。

 僕のところに来る気配を感じていたら、案の定僕のテーブル来て突然、『すみません、日本の方ですよね』と聞いて来た。

 『そうですけど、どうしました?』

 『私のバイクタクシーの男の人がいないのです』

 『この辺りで待つと言っていたのですか?』

 『そうなんですけど、私がバイヨンと王宮を3時間もかけてゆっくり見たものですから、待ちきれなくて帰っちゃったのかもしれないのです』

 『帰ってしまうことはないでしょう。 彼らも仕事ですから』【しかし3時間も何をじっくり見ていたんだろう?】

 彼女は少し慌てていたようだが、日本人の僕と話ができたことで少し安心したのか、『サラリーマンの方ですか? ここには何日滞在される予定ですか? 一人旅ですか?』などと、矢継ぎ早に質問をしてくるのであった。

 【おかしな子だなぁ】と思いながら適当に正直に答えていると、向こうの方でなにやら男性の声が聞こえ、彼女が、『あっ、見つかりました。 あの人が私のバイタクの男性なのですよ。 それじゃあ、また』と言って、彼女は走り去ってしまった。

 【それじゃあ、またって、どこで会うっていうんだ】と、もう会うことはないだろうとこの時点では思っていたのだが、このあと何とすぐに再会してしまうのだった。 

 ナーガの神のお導きだったのかも。



 16.アンコールワット

 午前の2時間程で、アンコール・トムの中のバイヨンと王宮内のピミアナカスなどを、炎天下の中じっくり見て歩き回ったので、昼食のフライドライスはとても美味しく、コーラも体の奥に染み込むほどスカッとさわやかだった。(長男さんのパパイヤジュースと含めてちょうど3US$)

 本当はビールをグビッと飲みたかったのだが、午後からいよいよアンコールワットをお参りする予定だし、真面目なGHの長男さんに寺院回りの途中にビールなんてと嫌われたくないから、ビールの代わりに涙を呑んでここは我慢したのだった。

 40分程の休憩を取って、『さあ、行きましょうか』と再び彼のバイクの後ろに跨った。

 南大門を出て、来た道を少し戻ると見えてきた! 夢にまで見たアンコールワットの尖塔が・・・。(かなりオーバー)

 西参道正面のテラス前にバイクは止まり、僕は視線をアンコールワットの勇姿に向けたまま長男さんに、『1時間程見てくるけど構わない?』と聞いた。

 1時間でも足りないかも知れないが、ちょっと長くなるという意味の言葉として自然と出たのだった。

 彼は『OK、どうぞゆっくり見てきて下さい』と言って、木陰の向こうの屋台レストランの前に並んでいるバイタク達が待機している方向にバイクを向けた。

 しかし彼はいつもニコニコした好青年だ。 僕は性格の良いガイドに恵まれたことを神に感謝しながら、テラスの上でチケットチェックを受けて、入り口までの長い通路を、右手にミネラルウォーターのペットボトルを持ちながらゆっくりと歩いて行った。
 
 アンコールワットの西参道

 西塔門までの長い通路の途中、破壊のため修復工事が行われている箇所があり、ちょうど工事に関わっている現地の人達が昼の休憩を取っていた。

 それらを横目で見ながらさらに進むと、途中からアンコールワットのシンボルとも言うべき中央の3つの尖塔が見えなくなった。 さらに進んでようやく西塔門前に来ると、ハテ不思議だ、ガイドに書いていたように本当に門の中から遠くに中央の塔が現れた。

 これは作為的に造られた当時の建築技術らしいのだが、僕にはこれに関する知識のかけらもないためここでは無理に説明はしない。

 アンコールワットは、ガイドブックによれば12世紀前半にスールヤヴァルマン二世によって創建されたヒンドゥー教の寺院で、南北に1300m、東西に1500mの広大な堀に囲まれた敷地内に所在する、期待を裏切らない雄大な寺院である。

 第一回廊、第二回廊、さらに第三回廊と進むにつれ、マハーバーラタ、ラーマーヤナなどのレリーフや、デバダーのレリーフが素晴らしいが、文章でそれらを賞賛したところで、おそらくその優美さは読者の方には伝わらないだろうから、ここでもこれ以上の無理な記述は控える。

 興味がおありの方はアンコールワット関係の美術書をご覧になるか、実際に訪問されることを心よりお奨めいたします。
 地雷を踏んだらサヨウナラのラストシーンの背景

 ともかく僕は本当に1時間程の間、ひたすら寺院内を驚きと感動とともに見て回り、急勾配で危険な中央塔にも汗を一杯かきながらひたすら登り、さらに東門から芝生を出て、地雷を踏んだらサヨウナラの映画

で、一ノ瀬泰造氏の役を演じた浅野忠信さんが、ラストでチャリンコをこいで消えて行くシーンの背景に立った。

 この風景の写真を撮ることは、出発前にカンボジア好きのメールフレンドと約束していたのだ。

 僕は何枚かのシャッターを切ったあとも、映画のシーンと投影させた風景をじっと立ちすくんで見ていた。

 アンコールワットはすごかった。 何がどうすごいのか説明するのは難しいが、これは訪れた人しか感じ得ないものではないかと思うのだ。

 何十冊の関係書物を見たところで、それは一度の訪問にはるかに及ばないだろう。

 僕は何故か、何かに打ちのめされたような情けない気持ちを引きずって、寺院の外側の芝生を戻って行った。 参道の横には傷みの激しい経堂が、黒ずんだ岩肌を見せてポツンと建っていた。

 その横でカンボジア人の男女が、笑いながら草むしりをしていた。

 僕は再び参道に上がり、時々アンコールワットの尖塔を振り返りながら戻って行き、長男さんの待つ場所にたどり着いたときには、心身ともにかなり疲労していたのだった。

 それ程アンコールワットの雄姿は、心に突き刺さってくるのだった。

 

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