日和見的平和主義BGM:turas song

  二月だ

 あっという間に二月がやってきた。
 一月の次には二月がやってくる。夜のあとには朝が来る。人は生まれたら必ず死ぬ。驚くべきことに、人類の死亡率は100%だ。冬のあとには春が来る。苦のあとには楽がある。男女の営みのあとには、何故か虚脱感が襲う。(>_<)
 このように必然というものは、生きている環境の中で、いたるところに存在している。しかし、出口のない入り口はないが、入学のあとには卒業があるとは限らない。学生諸君は、入学しても受験勉強の頑張りを忘れないように。(^^♪

 ところで今度こそ十一年勤めた探偵社を退職した。
 自分の夢を追うために退職した形だけど、最後は学校の卒業式みたいにはいかなかったね。(>_<)
 しかし十一年も勤めて、恒例の十年表彰を受けなかったのは僕だけじゃないのかな?
 挨拶もなく別れることになった調査員達には、残念な気がしなくもないが、縁があれば又どこかで会うだろう。
 
三月初旬に出版される僕の処女作品「探偵手帳」は、興味があれば買って読んでみてくれれば嬉しい。千三百円だから、奥さんや彼女のいる人は、神棚にお供えする分と含めて、最低三冊は購入することを老婆心ながら進言しておきます。
 人生のバイブルのようなこの書物が、たったの千三百円。僕としては一万円程の定価をつけても良いと思いますが、出版社の意向だから仕方がありません。今回は大サービスです。

 二月は逃げる、といいますよ。
 場末の酒場も、組織の後光を浴びている方々も、油断大敵、覆水盆に返らずですよ。


 アクセス解析

 HPのリンク先さんで、トップの左上になにやら怪しげなものを設置しているサイトが最近多いので、チョックラ調べてみたら、訪問してくれた先があやふやにぼんやりと分かる機能らしい。ホントかな?
 それなら面白そうだからと思って、貼り付けてみた。ついでに日計とトータルのカウンターもよく見かけるものを真似してみた。
でもこのカウンターちょっと正確じゃないような気がする。
 これじゃ、僕のサイト訪問者は多い時なら400を超えちゃうよ。普段でも200くらいカウントするんじゃないかな。
まあ、多いほうが景気が良いから、しばらくこれでテストしてみよう。


 二十歳の原点を読んだ

 約三十年ぶりに高野悦子の二十歳の原点(新潮社)を読んでみた。
 立命館大学の三回生の時に鉄道自殺をして、その短い生涯を閉じてしまった女性だ。
 学生のころ読んだ時は共感する箇所があちらこちらに見つけられたが、今読んでみると彼女の日記に書いていることが楽に理解できる分だけ、違和感を感じるのは何故だろう。

 勿論時代背景の相違は大きいが、そんなことではなく、いくら彼女が学生運動の闘争に身を削り、社会の不条理や自分自身の欺瞞に問題意識を持ち悩んだとしても、結局は男女関係の悩みが最もウエートを占めていたということなんだ。
 
人間は好きな異性のたった一言で救われもするし、死に走ることもある。

 それは恋というものが、その人の全ての理性や知性、積み重ねてきた経験をも、いとも簡単に崩してしまう魔力を持っているからに他ならない。
 亡くなった作者にはお気の毒だし、ご冥福を祈りたいが、彼女も恋に破れ、発作的に列車に飛び込んだのだろう。
 恋は怖いね!


 会社人間

浅田次郎さんの作品は泣かせだとよく言われるが、本当はユーモアが基本らしい。
 それはともかくとして、彼の作品で「鉄道員」というのがあるが、国際映画祭に出品した際に主人公が娘の死に目にも会わずに仕事を続けたことに、場内は爆笑だったらしい。

 日本人は笑われるくらい職務に忠実で、家庭は二の次に考えるのが美徳といされている。
 日本は会社社会だということが、その大きな原因だろう。会社に籍を置いていれば、一応社会の歯車のひとつになった気分になり、社会保険関係は会社が半分負担してくれるし、ちょっとした規模の会社になれば運動会や旅行まで企画してくれて、学生時代の継続のように過ごせる。

 昔は植木等の歌にもあるように、「二日酔いでも何でも、タイムカードさえガチャンと押しておけば月給は保証される」代わりに、会社の命令には忠実に従わなければならないという構図が、労使関係で自然と出来上がっていたのだろう。
 だから、妻が病気だ、子供が怪我をした、子供の卒業式だ、母が危篤だ、何だかんだ言っても、勤務中であれば涙を呑んで職務を遂行することが、周りから仕事熱心な会社人間だと賞賛される。
 それは日本だけだということだ。

 今や企業神話も崩れ、大企業であってもリストラは恒例になってしまっている。会社にしがみつくことが、逆にカッコ悪くなってきている。
 植木等の歌のように「サラリーマンは気楽な稼業」では既になくなっている。
 昔ながらの会社人間でやってきた人は、ここにきて右往左往しているというが、僕はこの傾向でよいと思う。日本人はもっと人生を楽しむことが必要だ。
 いや正確に言えば、中高年者はもっと人生を楽しまなければいけないと思う。若者はこれ以上楽しめば、単なる与太者でしかないからね。(@_@;)


 救いようがない自己陶酔

 社民党の元政審会長・辻本○美が次期衆議院議員選挙に出馬を考えているらしい。党首の土井○か子も本人の意向に同調しているという。

 社民党自体の存在にも昨今は疑問を感じるが、この党の人達は常識やモラルというものを持ち合わせているのだろうかと疑ってしまう。思慮深さ、理性的思考などという言葉にも、全く縁のない方々なのではないだろうか。

 そもそも辻本氏はまだ警視庁が内偵捜査を進めている状態で、刑事的結論は出ていないのだ。「知らなかった。手続き方法が分からなかった」という理由で、秘書の給与をピンハネしたことを言い訳し、全額返したからもう責めないでくれという姿勢である。

 周囲が、「もう堪忍したるから、頑張って選挙に出なさい」と言ってくれるからと、本気で出馬を考えているようだが、世界一下品な都市にふさわしい下劣な候補者としての意義以外に何があるだろうか?

 さらに大阪市立大学が彼女に対し、この四月開講の社会人大学院のゲスト講師として招聘していたという。こちらは、最近世論の彼女に対する批判を考慮して、起用を再検討しているというから、早期に撤回を希望したいものだ。

 ともかく、無能であるのに目立ちたがりで自己陶酔の激しい女性なのだから、周りはもう放って置かないと、いつまで経っても反省することがないよ。

 十分反省して、自分を認識してから再起して欲しい。


 滑稽な勘違い

 ネット上での公開日記があちこちにたくさんある。

 男女ともに殆どが恋愛に関する内容だ。それも下手な文章で愚にもつかない不倫話や、幼稚な援助交際話である。あほらしくなってついつい読んでしまうのだけどね(笑)

 僕のサイトとリンクしている女性の日記はとても内容が様々で、単なる男女関係を描いているくだらないものではないのでお奨めだが、殆どの公開日記が何を勘違いしているのか、自分が主役になったつもりで人が聞きたくもないつまらない私生活を暴露している。

 それも中途半端なものが多い。

 中には日記を公開している女性同士で相手を中傷しあい、罵り合い、果ては読者制限をかけて、発行者様から許可をいただかないと読めないというシステムにまでされている「えせ女王様」なんてのもいらっしゃる。自意識過剰だって言うんだよ!

 こうなったらもう滑稽以外のなにものでもないよね。(悲)
 
 若い女性の、「私のセックスライフ」とか「おじさま援交日記」、「彼とのアブノーマルセックス」とかいう日記だったらブックマークをするのだけどね♪

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