チェンマイ・マイラブ

 ワンデイ・トレッキング その六

 メーサーイは心惹かれる町だったが、わずか一時間あまりであとにした。もう一度一泊で訪れたいと思う。その時はミャンマーへチョイとだけ入ってみたい。

 さて、われわれを乗せたミニバスは山道の舗装道路を少しずつ登り始めた。タイという国は都市部とこのような山間部とではまるで違った国に来ているような感覚になる。タイの北部山岳地帯には少数民族の居住区が点在しているということもあるだろうが、同じ国で生活慣習からライフライン等その環境の差異が大きいのに驚く。日本のような島国単一民族(とはもはやいえないが)の感覚だからだろう。

 われわれは山の中腹にある一つの少数民族の村を訪れたあと、メーホーンソーン近くのパダウン族の村を訪ねた。最初訪れた村は今から思えばアカ族の小さな村だったようだ。電気もガスももちろんない村だった。

 パダウン族はカレン族の支族とされ、隣国ミャンマーの北部に住んでいるが、タイのパダウン族は二十年ほど前にミャンマーから逃げてきてそのまま住み着いているらしい。カレン族武装勢力とビルマ(ミャンマー)軍事政府軍との衝突のあおりを受けて、タイに難民として住み着いたのである。

 従って、法律上タイ国内では仕事ができないため、居住区を観光地として入場料をもらって、それを生活費や子供たちの教育費などに当てているのである。観光地としているのは、彼らがいわゆる日本で呼ぶ「首長族」として有名だからで、ここを訪れた観光客は二百五十バーツの入場料を支払わなければならない。

 パダウン族が首に付ける金属製の輪は女性だけの習慣で、この習慣の由来は諸説あるようだが、事実は不明である。ただこの輪を付けて首の長い女性ほど美人であるとされている。現在では、元来の習慣から離れて、観光収入のために幼少時より一年に一つずつ程度輪を嵌めていき、十五、六歳まで続けるようである。

 

 パダウン族の画像 ↓ (リンクフリーサイトより)

 http://wee.kir.jp/pictures/pict_padaung_003.html 

 

 パダウン族の村はそれほど広くなく、住居は奥にあるのかもしれないが、われわれが訪れたところには両側に縁台のようなものが並んでいて、そこに首に輪を嵌めた女性が座っていた。いずれも若くて綺麗な女性で、非常に顔が小さいのに驚いた。女性たちは、手作りの民芸品や腕輪や首の長い女性たちが並んだ写真などを売っていた。

 一種異様な感じは受けたが、彼女たちはとても愛想が良くて、「コンニチワ」などと日本語も口にしていた。きっと大勢の日本人観光客がここを訪れたのだろう。でも、僕は少し気持ちが落ちていくのを感じた。それは可哀相だという気持ちに近く、考えてみれば自分側からの傲慢な気持ちに違いないのだが、正直あまり楽しめなかった。

 欧米人たちは遠慮もなく、「クレイジー!」を連発していた。彼らには全く理解しがたいのだろう。



 ワンデイ・トレッキング その七


 パダウン族(首長族)の村をあとにしてミニバスは山を下った。

  途中、川を隔てて向こう側にミャンマーの街が見えるカフェで一時間ほど休憩を取ってから再び出発すると、その後はひたすらチェンマイへ向かってスピードを上げて行った。

 交通渋滞などないが、ちょっとスケジュール的にのんびり運びすぎたようで、ガイドの天花ちゃんが「チェンマイ到着は午後八時を過ぎてしまうかもしれませんので急ぎます」と汗を額に浮かべながら言っていた。

 平坦道路に出てから車はさらに飛ばす。通り雨に数十分間見舞われながらもグングンスピードを上げて、賑やかな市街地へ入ったと思ったらチェンマイだった。時刻は既に午後九時を過ぎていた。

 ミニバスはトレッキング参加者一人一人をホテルまで送って行った。

 今日一日、僕を気遣ってくれた黒人男性は最初のゲストハウスで降りた。「Good-night」と言葉を交わした。そして結局、僕のゲストハウスが最後だった。

 天花ちゃんにお礼を言って別れた。彼女は明日休みで、明後日からまた三日間ガイドの仕事が入っていると言っていた。

 「休みの日は何をしているの?」と聞くと、片方の腕を曲げて少し傾げた首の横に持って行った。つまり寝ているということである。

 「仕事の疲れがたまっているのでずっと寝ています」と語っていた。かなりハードな仕事なのだろう。それにしても可愛いなぁ。(^^ゞ

 さて、宿に戻ってシャワーを浴びてから食事に出た。食事といっても昨夜行ったプールバーである。僕の姿を見つけるとペコちゃんに似た方がニコッと微笑んだ。客はまばらで僕はカウンター席に腰をかけた。

 「お疲れさま。楽しかった?」

 「疲れた。それに暑かった。だからビールを」

 カウンターの中にいたエキゾチックな顔をした女性の方が、ハイネケンの栓を抜いて僕の前に置いた。ググッと飲み干す。

 「お腹は空いていないの?」とペコ。

 「腹ペコだから何か作ってよ」

 「少々辛くてもいい?」

 「何でもいいよ、君が作ってくれるなら」

 そんな会話をしながらくつろぐ。

 しばらくしてペコちゃんが運んできたのは、大きな皿に盛られたチャーハンとサラダだった。ナンプラーを降りかけて食べた。

 ピリッと辛い味付けだがとても美味しい。彼女は元々コックで、バンコクの調理学校を卒業していると言っていた。父親が警察官で、現在もバンコク市内に住んでいるとのことだった。

 なぜ彼女がチェンマイに移ってきたのかは知る由もないが、「警察官なんて最低よ。何かにつけて理由をつけて罰金をふんだくるのだから・・・」と、父親が警察官なのに、警察官を毛嫌いするようなことを話していたのを思い出す。

 ハイネケンをもう一本飲んでからウイスキーを注文した。するとビリヤードを終えた一人の青年がカウンター席に来た。色の白い長身の欧米人だった。聞くとアイルランド人だという。

 「あなたはアイルランドを知っていますか?」

 彼はいきなり聞いてきた。

 「Of course! My favorite band is U2 . you know?」と僕は答えてやった。




 チェンマイの夜 


 
プールバーの二人の女性スタッフのうち、料理を担当して店内雑務もこなす愛嬌のある顔の女性は不二家の「ぺこちゃん」そっくりだ。

 そしてもう一人のエキゾティックな顔をした美女は、以前アメリカで人気のあったモデルの・・・・・「シンディー・クロフォード」そっくりだった。

 客もまばらだったので、ぺことシンディーとそしてアイルランド青年と四人で乾杯した。女性たちは昨日と同じチャンビールを飲んでいた。アイルランドは適当なウイスキーをロックであおっていた。

 このアイルランド青年はハスキーボイスで、しかもネイティブな英語を喋るので、僕にはとても聴き取り難く困った。でも性格の良い奴みたいで、ゆっくりと繰り返して話してくれるので言っている内容は大体把握できた。

 つまり彼はまだ21歳で、父親が国で宝石貴金属商を営んでいて将来は後継するつもりだが、家業を継ぐとなかなか自由に海外へ旅行に出られないだろうから、今のうちに世界を周っているのだと語っていた。

 欧米人は体躯がでかいので年令が掴めない。この青年もどう見ても21歳には見えなかった。彼は明日チェンマイを経ってチェンセーンからラオスへ渡り、ムアンシンなどの北部の少数民族の村を訪れる予定らしい。
 勿論一人旅だ。

 結局この夜も深夜一時過ぎまで飲んでしまった。シンディーがとても綺麗なので、メールアドレスくらいは聞こうかと思って粘っていたら、零時を過ぎてから彼女の夫が現れた。(涙)

 まだ一歳になるかならないかの子供を抱いて現れたのは欧米人だった。聞くと、夫はカナダ人で、この店は夫が出資して数年前に開業したとのことだった。

 東洋人の黒髪に神秘を感じるらしい欧米人とタイ女性とのカップルは時々見かける。

 日本人は東南アジアに於ける女性関係についてはセックスの対象としか見ない傾向があるのに対し、欧米人は恋愛という精神的な理由付けを必ず求めるような気がする。

 シンディーにガックリきたのと、ウイスキーを飲みすぎてしまったのとで、猛烈に酩酊しながら宿に帰った。もうシャワーを浴びる気力もなく、汗でベトベトのTシャツのままベッドに倒れこみ、深い眠りに落ちてしまった。

 さて翌日はニワトリの「コケコッコー!」のうるさい鳴き声に目が覚めた。時刻はまだ七時過ぎ。頭がガンガンするのでいったん起きて熱いシャワーを浴びた。

 そしてバックパックの中身を少し整理した。今日の16:25発の列車でバンコクへ戻る予定だ。

 朝食は一昨日食べた屋台でフライドヌードルを注文(30B)、そのあとネットカフェに寄ってから前から行こうと思っていたフットマッサージ店を訪れた。

 奥行きの長い店内にはクッションの効いた椅子が八脚ほど置かれていた。店には女性が三人いたが、まだ十時頃なので客はいなかった。

 小柄な若い女性が椅子に座れと言う。おとなしくそれに従う僕。

 「何分コースにしますか?」

 「エーと・・・三十分でいいよ」

 フットマッサージは初めてで、一時間は飽きるかもしれなかったので、最も短いコースをお願いした。(三十分で100バーツ、つまり300円程度)

 一度奥に引っ込んだ彼女が小さなバケツを持ってきた。僕の足元にしゃがんで片足ずつバケツに誘導する。ぬるめのお湯が入っていて先ずは足を綺麗に洗ってくれた。そして自分の膝の上に足を置いて指先からマッサージを始めた。

 「い、い、痛!」

 これがとても痛いのだ。でも気持ちいい・・・。


 つづく・・・

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