スクンビット・オンヌットゲストハウス その一 これまで年末年始を海外で過ごしたことがない僕は、2006年の9月に一週間ほどバンコク旅行を終えたあと、「今年は海外で年越しを迎えるぞ!」と計画した。 仕事柄、長い休みは取れないのだが、10月の下旬から、「12月は20日頃で仕事納めにしたい」ことを、周囲にクドクド根回しをしていたのだった。 年末の海外チケットは高い。でも出発日が12月25日頃から通常より一気に高くなるのだ。だからそれ以前の出発日だとかなり安く行けるわけである。 ネットの格安航空券サイトからあれこれ検索してみた結果、キャセイパシフィックで往復64000円のチケットを手に入れた。しかも30日以内フィックスなので21日の出発で6日の帰国というスケジュールが立てられたのだった。(17日間) 数年前はバンコク往復が3万円から4万円程度で行けた。それに比べると随分高いが、これは円安も勿論影響しているが、最大の原因は原油高騰である。燃料サーチャージなどという加算があるのだ。でもまあ仕方がない。 今回のチケットは下記のスケジュールとなっている。 往路 キャセイ航空 521便 12/21 成田発⇒香港着 16:20⇒20:45 ここで乗り継ぎ キャセイ航空 709便 12/21 香港発⇒バンコク着 22:00⇒23:50 復路 キャセイ航空 754便 01/06 バンコク発⇒香港着 11:35⇒15:20 帰りも勿論乗り継ぎ キャセイ航空 508便 01/06 香港発⇒成田着 16:25⇒21:15 12月21日、僕は横浜の東口にあるリムジンバス乗り場から成田に向かい、14時半ごろには空港に着いた。すぐにチェックインしてからコーヒーショップへ。 実は今回の旅は一人ではない。それでは素敵な女性が一緒なのだと思われた諸兄、残念ながら女性ではなかった。仕事関係で懇意になった男性が一緒なのだ。(涙) 僕は今回一人旅なら、日程にも余裕があるから、前々から興味を持っていたミャンマーを訪れてみたいと思っていたのだ。アジアの三大遺跡のひとつである「バガン」にも行きたかった。 そしていったんバンコクへ戻ってきてから、数日ラオスにいこうと考えていたのだった。ところが男性を同伴だ。しかも四十歳前半でアジアは初めて、アンコールワットを訪れたいと言う。僕はもうアンコールワットは二度訪れている。三度目は ないだろうと思っていたら、この経緯である。 まあでも文句を言っても仕方がない。嫌なら断ればよかったのに、「案内して あげますよ」なんてことを言ってしまったのだから身から出た錆というものである。かくしていい年をした男性二名は成田を出発したのだった。 |
スクンビット・オンヌットゲストハウス その二 香港で乗り継いで、時差を加えて、結局真夜中にタイのバンコク・スワンナプーム国際空港に降り立った。この空港は昨年の9月下旬にオープンしたが、開港までには大きな紆余曲折があったらしい。 3年半前からバンコクの日系企業で働いている、僕のラオス旅行記以来お馴染みの友人N君の話だと、この空港はいかにもタイ人らしい経緯があったとか。つまり、工事からオープンまで綿密な計画がないと言うのだ。 それが本当かどうかは別として、いわゆる見切り発車的な部分がかなりあったとか。それでも開港してからは、空港での取り次ぎの際のタクシー運賃に関わる疑問点はあるものの、大したトラブルもなく推移しているようだ。 僕は前のドムアン空港のほうが、鉄道駅もすぐ前にあって便利だし好きなのだが、馬鹿でかい空港が必要な理由があったのだろうが、それは知らない。 さて、パスポートコントロールを経てバックパックを受け取り、空港の外に出た。真夜中でもドーム型の照明がたくさん空港を照らしており、二十四時間稼動の国際空港らしさが窺えた。 時刻は午前一時前、この時刻にリムジンバスなどあるはずもなく、目の前のタクシー乗り場に歩いた。スクンビット通りのBTSオンヌット駅近くに行きたい旨を伝えた。 空港職員かどうか分からないが、タクシーを手配する人間がいて、100バーツを手数料として要求される。タクシーチケット売り場にも100Bが表示されていて、これはオフィシャルなものなのだろう。 チケットを受け取ると、その人間がズラーッと並んでいるタクシーの先頭車に一緒に来て、タクシーの運転手に行先を告げたようだ。だが、運転手はどうもわからない素振りをする。 バンコクのタクシー運転手は、わけの分からないおかしな奴が多いとN君が言っていたのを思い出す。バンコクではタクシー運転手のレベルが低く、強姦や殺人がしばしば起こっているとか。勿論これは一部の悪質運転手の話とは思うが。 ともかく乗り込み、予めプリントアウトしてきていた、「スクンビット・オンヌットゲストハウス」への道順が書かれたものを渡した。 すると運転手は「ウンウン」という感じで頷き、タクシーは真夜中のバンコク市内へと走り出したのだった。 バンコクでの僕の定宿と言えるところは特にないが、カオサンでは日本人宿のトラベラーズロッジをよく利用していたし、ちょっと贅沢する時は国立競技場近くの400バーツ程度の宿に泊まっていた。 先だって9月に1週間ほどバンコクに滞在した時は、N君のアパート近くに所在している650バーツのホテルに贅沢な宿を取った。カオサンの喧騒が嫌いな僕は、新空港から近いということもあって、今回「スクンビット・オンヌットゲストハウス」をネットで見つけ、オーナーと事前に何度もメールのやり取りをして、この夜のドミトリーを2ベッド予約していたのだった。(1ベッド220バーツ程度) このゲストハウスのオーナーが日本人の方で、追々この旅行記でも紹介しようと思いますが、知的でセンスを感じる男性でした。 スクンビット・オンヌットゲストハウスは、スクンビット通りのソイ89を入って少し走ったところに所在していた。タクシーを降りてゲストハウスに入ると、小さなフロントでは若いタイ人の男性が微笑んで迎えてくれたのだった。 スクンビット・オンヌットゲストハウス ↓ http://www.bangkok-guesthouse.com/j/archives/reservation/ |
スクンビット・オンヌットゲストハウス その三 綺麗なフロントには二人の若いタイ人男性がいて、我々(前にも述べましたが今回は男性二人旅)を微笑みで出迎えてくれた。(ま、当然といえば当然の微笑であるが) 「予約を入れているフジイです」と言うと、リストを取り出して確認、簡単なチェックイン手続きに入る。パスポートナンバーを記入し、今夜と明日の2日間の宿代、一人440バーツ(この時期1バーツは3.4円程度でした)を支払う。 通常はこの宿では「ウエルカムドリンク」があるが、到着が深夜だったことと、オーナーの杉山さんがいらっしゃらなかったことで、チェックインを済ますとそのまま部屋に案内された。奥からもう一人小柄な男性(少年)が現れて、もう一人の従業員と二人で、我々二人のバックパックを持って案内してくれた。 階段をストトンと上がって、三階のドミトリーへ。掃除が良く行き届いた館内で、トイレとシャワールームは各階に設置されている。真っ暗なドミの部屋の明かりを従業員が点けると、二段ベッドが五つ設置された部屋には、睡眠中の旅行者が三人いたようだった。 時刻はもう一時半を過ぎている。僕とI君(今回一緒に旅をした男性をI君と呼びます)はバックパックを降ろすと、それほど汗もかいていないので、I君がフロントで買ってきたチャンビールの小瓶を飲んだあとはすぐに寝ることにした。このようにして初日は終わった。 翌日は午前十時ごろに目が覚めた。ドミのベッドには東洋人の女性が一人と欧米人の男性が二人、そして明け方遊びから戻ってきた東洋人の男性が一人、そして我々二人という状況だった。東洋人女性は中国人で、十日間程度の休みを取ってバンコクに来たという。どこに移動するわけでもなく、年末には帰国するとのことで、ノンビリとバンコクで過ごすとか。 欧米人たちはラオスやカンボジアへ移動の予定で、一日か二日ここに滞在するらしい。これらの会話はすべて英語で、勿論僕が話したのではなく、一緒のI君が会話したのである。何しろ彼はロサンジェルス十年滞在の英語のツワモノで、もうペラペラのペ〜ラなのだ。 シャワーを浴びて一階のフロント前にある小さなレストランで朝食。このゲストハウスでは和洋食からラーメンに至るまでメニューが豊富に揃っている。朝食も三種類が用意されており、それぞれの中でもシンプルなメニューから朝食でも結構なメニューなものまであり、例えばタイ風朝食では、おかゆに漬物のメニューとおかゆに味付け玉子焼きがついたものなど三種類ある。 この朝はとてもお腹が空いていたので、トーストとスクランブルエッグ&コーヒーを注文した。トーストは日本のトーストのように厚くはないが、バター、ビーナッツバター、マーマレードがついていて、それに何といってもコーヒーが抜群に美味しい。その後オーナーと会話した際に聞けば、スターバックスが利用しているコーヒー豆をここで挽いて出しているのだとか。因みにこの日の朝食は70バーツ程度だったと記憶します。 さて、この時点では明日の夜はカオサンの宿に泊まって、明後日の早朝からシェムリアップへ向かおうと思っていたので、宿を予約したほうが良いだろうと、I君と二人でバスに乗ってカオサンに向かった。 |
スクンビット通りに出てバスストップで2番、507番、11番のバスを待った。バンコクの路線バスは覚えにくいが、目的地が決まっていればその方面に複数のバス番号があるし、頻発しているので待ち続けるようなことはない。 すぐに507番がやってきたので飛び乗る。平日の昼過ぎなのでバスは空いていた。エアコンの冷たい空気が心地よい。女性の車掌がやって来てどこへ行くのかと聞くので、カオサンだと言うと12バーツも取られた。どうやら前に来た時ははっきり気付かなかったが、数年前に比べるとバス料金が値上げされているようだ。 バスは空いていたが道路はかなり混んでいた。ラマ四世通りからホアランポーン駅を抜けて中華街方向に入ったところでは、ついにノロノロ運転になった。 そしてようやく民主記念塔が見えてきて、王宮の横を上がったところで降ろしてもらったら、時刻はもう二時前になっていた。大通りを渡ってカオサンロードへ向かった。 三ヶ月ぶりのカオサンは相変わらず昼間でも人で溢れていた。警察署の前を通ってネットカフェを右に曲がると、日本人宿となっている「カオサン・トラベラーズロッジ」がある。9月に来た時も一泊だけここのドミに泊まった。宿では各方面へのチケットを手配してくれるので、明日の夜ここに止まって明後日の早朝のシェムリアップ行きのバスを頼めば便利だと考えた。 入り口のオープンレストランでは、長髪の若者がタンバリンをガシャガシャパンパン叩いていた。無視して中に入る。 明日夜一泊だけドミが空いていないかを聞いたが、エアコンドミはフルだと言う。ファンのドミならなんとか二部屋空きそうだというので、とりあえず予約をしておいた。(本当は予約できないらしいのだが、必ず来るからと言って押し通した) ヤレヤレと思ってバス停でサイアム方面行きのバスを待った。ところが、I君が「なんかあの宿嫌ですね。入り口のあのバカ、タンバリンをパンパカ叩いて、目がどこかへ行ってしまってますよ。それに他の日本人も若い奴ばかりでちょっと怪しげに思いましたけど」と言い出した。 「ま、あんな奴一杯いるよ。カオサンだから」 僕はあまり人のことは気にしないので、I君の言葉は意外な気がした。ともかく明日強引に予約してしまったのに今さらどうしたものかなぁ、と思っていたら509番のバスが来たので飛び乗った。だが、このバスはサイアムには行かないのだった。 「このバスはサイアムに行きますか?」 僕は通路を隔てた隣の席に座っている中年女性に聞いた。 「これは行かないよ。方向がちょっと違うね」 英語が話せる女性のようだ。日本で言えば、どこにでもいる庶民的なオバちゃんなのだが。 「じゃあ、BTSのどこかの駅近くは通りませんか?」 BTSとはバンコク市内を走る高架鉄道のことである。 「それならパヤ・タイの駅そばを通るからそこで降りればいいよ」 パヤ・タイの駅からはサイアム駅まで二つだからそこで降りることにした。我々はホッとしてオバちゃんに礼を言った。 バスは見覚えのある通りに出て、東へ東へと走って行くと突然オバちゃんが「降りるよ!」と言った。 我々は彼女に続いて降りた。彼女はこの近くに住んでいるのだろうか。しばらくついて行くとBTSの駅に着いた。彼女はわざわざ僕たちを駅まで導いてくれたのだった。 「親切ですね、タイの人は」 I君はいたく感動していた。BTSに乗ってサイアムに向かった。マーブンクロンで遅い昼食にする予定だ。 |
ハタサット2 その一 さて、タイが初めてのI君には、先ずはサイアム周辺を案内しないといけないだろう。とりわけマーブンクロンとパラゴンは見せておきたい。 駅を降りて改札を出るとそのまま道なりでMBKセンターのバンコク東急デパートに入る。東急を抜けてショッピングモールへ。 「バンコクにもこんな大きなショッピング街があるんですね」とI君が驚く。 「いや、もう東京と変わりませんよ」と僕。何しろ600万人以上の人口を誇る巨大都市なのだから。 東京ではようやく車内に動画ニュースが流れるようだが、BTSではとっくに動画のCMも音を出してガンガン流れている。ユーモア豊富なタイのCMは、タイ語が分からなくても思わず笑ってしまう。 I君と僕はマーブンクロンの名物、クーポン食堂で昼食をとった。チキンライスのようなものにサラダがたくさんついて40バーツ。水が10バーツ。勿論日本の物価とは比べるべくもないのだが、数年前とは少なくとも10バーツ程度は値上がりしていた。I君はチャーハンと辛目のヌードルスープを食べて、「美味しい」を連発していた。 この日は、僕の旅行記でお馴染みの、2001年ラオス旅行で知り合って以来付き合いのあるN君と、夜会うことになっていた。 このところ毎回、彼のリクエストで、インターネットのブックオフで彼が注文した古本を、僕が彼のお母さんから宅配便で受け取ってからバンコクに運んでいるというわけである。 普通に日本からバンコクまで空輸するとべら棒な料金がかかるらしい。でも僕が運ぶとタダである。(笑) 夜までの時間をタイマッサージで潰そうということになり、I君と僕はBTSに再び乗って、プロムポンの駅で降りた。 プロムポンや次の駅のトンロー辺りは日本人がたくさん住んでいるところ。そのため、日本人向けの飲食店やマッサージ店など、さらには風俗店もたくさん所在している。 僕たちは「ハタサット2」という店に飛び込んだ。 この店は、オンヌットゲストハウスのパソコンで、今朝僕が検索して見つけてメモしておいたのだった。健全なマッサージ店で日本人客も多いとあった。 I君は全身マッサージを受けるようだが、肩こりのあまりない僕はフットマッサージをお願いした。1時間250バーツ。 ハタサット2 → http://www.bangkoknavi.com/beauty/este_shop_view.html?id=12 |
ハタサット2 その二 ハタサット2はかなり広いマッサージ店だった。受付はちょっとしたホテルのロビーの雰囲気で、美女が迎えてくれた。 「フットマッサージね」 「はい、それではこちらにどうぞ」 長い丈のシルクの民族衣装のようなものを着た女性が洗い場に案内してくれた。この美女がマッサージをしてくれれば嬉しいのだが、案内だけ。奥で待機していたオバちゃんが出現した。 マッサージの女性はオバちゃんだけではなく、若い女性も勿論いらっしゃるが、この日僕は運が悪かったようだ。 「はい、靴を脱いで、ズボンを膝まで上げてね!」 先ずは足洗い。大きな洗面器にたっぷりのお湯が用意されていて、その中に汚い足を放り込む。それを靴磨き用のブラシみたいなものでゴシゴシと洗ってくれる。 足の裏をゴシゴシされるとくすぐったいやらおかしいやら気持ちが良いやら、そりゃもうたいへんな状態になってきた。I君はフットマッサージではないが、同じように足を簡単に洗ってもらっていた。 そのあと、隣の部屋に移動。ここはマッサージ室で、大きなリクライニング式のチェアーが並んでいた。ドッカと腰を下ろす。 足全体にメンソレータムを塗って筋肉と血管をほぐすようにマッサージしてもらうと、いつの間にかウトウトと心地よく眠ってしまった。時々、細い棒で足裏のツボをグッと押されると、「オッ」っと目が覚める。快感である。 一時間のマッサージはあっという間に終わった。ボーっとした目で受付で料金を支払って外に出る。ところが僕はここで一つ忘れ物をした。 つまり「チップ」である。 これまで東南アジアでマッサージを何十回となく受けてきたが、通常は「チップ」をマッサージをしてくれた女性に渡すそうだ。それを知ったのは数年前だったのだが、この日はあまりの気持ち良さに渡すのを忘れてしまったのだった。(100B程度が相場らしいです) さて、マッサージを終えた我々は一旦ゲストハウスに戻った。時刻は既に18時を過ぎていた。BTSのオンヌット駅周辺では早くも夕飯の屋台で買い物をする女性や、MK(タイスキで有名)などのレストランにも客が集まっていた。 タイの人は屋台で既に作られた惣菜を買って帰るのが通常のようで、自宅であまり料理をしないと聞く。それだけ街のあちこちに屋台が溢れているし、味もすこぶる美味しい。 夜はN君と会う予定である。彼もそろそろ仕事が終わっているだろうと思って、携帯電話にかけてみた。すると今会社の車で送ってもらっているところだと言う。彼はアユタヤの近くの日系プラント会社に勤務している。 「ゲストハウスまで迎えに行きますわ。ちょっと待っといてもらえますか」 懐かしい彼の声が携帯から聞こえてきた。 |